奥の細道
松尾芭蕉
月日は百代の過客にして、
行きかふ年もまた旅人なり。
舟の上に生涯を浮べ、
馬の口とらへて老をむかふる者は、
日々旅にして旅を栖とす。
雨ニモマケズ
宮沢賢治
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
欲ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキ小屋ニイテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニ疲レタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイイトイヒ
北ニケンカヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイウモノニ
ワタシハナリタイ
花
武島羽衣
春のうららの隅田川、
のぼりくだりの船人が
かいのしづくも花と散る、
ながめを何にたとふべき。
見ずやあけぼの露浴びて、
われにもの言ふ櫻木を、
見ずや夕ぐれ手をのべて、
われさしまねく青柳を。
錦おりなす長堤に
くるればのぼるおぼろ月。
げに一刻も千金の
ながめを何にたとふべき。
海の駅
谷川俊太郎
ぼくはもう飽きたのに
ぼくはもう要らなくなったのに
ぼくはもう遊ばないのに
玩具の機関車がぼくを追いかけてくる
もう子どもじゃないんだ
もう違う夢を見るんだ
もうひとりきりになりたいんだ
それなのにまだ間ぬけな汽笛を鳴らして
水平線まで線路は続いているかのように
捨てちまうよ
海の中に投げこむよ!
君死に給うことなかれ
与謝野晶子
あゝをとうとよ君を泣く
君死に給うことなかれ
末に生まれし君なれば
親の情けはまさりしも
親は刃をにぎらせて
人を殺せとをしへしや
人を殺して死ねよとて
二十四まで育てしや
源氏物語
紫式部 いづれの御時にか。
女御・更衣あまたさぶらひ給ひけるなかに、
いと、やむごとなき際にはあらぬが、
すぐれて時めき給ふありけり。
方丈記
鴨 長明
ゆく河の流れは絶えずして、
しかも、もとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、
かつ消え、かつ結びて、
久しくとどまりたるためしなし。
世の中にある、人と栖と、又かくのごとし。
春の七草
せり なずな
ごぎょう はこべら
ほとけのざ
すずな すずしろ
これぞ七草
風の又三郎
宮沢賢治
どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんもふきとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう
春暁
孟浩然
春眠 暁を覚えず
処処てい鳥を聞く
夜来 風雨の声
花落つること知んぬ多少ぞ
五輪書
宮本武蔵
千日の稽古を鍛とし、
万日の稽古を練とす。
能能吟味有るべきもの也。
生きる
谷川俊太郎
生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木もれ陽がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみすること
あなたと手をつなぐこと
生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと
生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ
生きているということ
いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまが過ぎてゆくこと
生きているということ
いま生きているということ
鳥がはばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ
石川啄木の短歌
たはむれに母を背負ひて
そのあまり軽きに泣きて
三歩あゆまず
ふるさとの訛なつかし
停車場の人ごみの中に
そを聴きにゆく
やはらかに柳あおめる
北上の岸辺目に見ゆ
泣けとごとくに
ふるさとの山に向ひて
言ふことなし
ふるさとの山はありがたきかな
函館の青柳町こそかなしけれ
友の恋歌
矢ぐるまの花
はたらけど
はたらけど猶わが生活楽にならざり
ぢっと手を見る
さいはての駅に下り立ち
雪あかり
さびしき町にあゆみ入りにき
東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて
蟹とたはむる
徒然草
吉田兼好
つれづれなるままに、
日ぐらし硯に向ひて、
心より移り行くよしなしごとを
そこはかとなく書きつくれば、
怪しうこそ物狂ほしけれ。
道行「名残の橋尽し」
頃は十月 十五夜の 月にも見へぬ
身の上は 心の闇のしるしかや
今置く霜は明日消ゆる
はかなく譬のそれよりも
先に消え行く 閨の内
いとしかはひと締めて寝し 移り香も
なんとながれの蜆川
二条河原落書
この頃 都に流行るもの
夜討、強盗、謀綸旨
召人、早馬、虚騒動
生頚、還俗、自由出家
俄大名、迷者
安堵、恩賞、虚軍
本領離るる訴訟人
文書入れたる細葛
追従、讒人、禅律僧
下克上する成出者
(以下略)
百人一首
1 秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ
わが衣手は 露にぬれつつ
天智天皇(てんちてんのう)
2 春過ぎて 夏来にけらし 白妙の
衣ほすてふ 天の香具山
持統天皇(じとうてんのう)
3 あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の
ながながし夜を ひとりかも寝む
柿本人麿(かきのもとのひとまろ)
4 田子の浦に うち出でて見れば 白妙の
富士の高嶺に 雪は降りつつ
(以下略)
平家物語
祇園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、
盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、
唯春の夜の夢のごとし。
猛き人もついには、滅びぬ。
ひとへに風の前の塵に同じ。
枕草子
春はあけぼの。やうやうしろくなり行く、山ぎはすこし
あかりて、むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる。
夏はよる。月の頃はさらなり、やみもなほ、ほたるの多
く飛びちがひたる。また、ただひとつふたつなど、ほのかに
うちひかりて行くもをかし。雨など降るもをかし。
秋は夕暮。夕日のさして山のはいとちかうなりたるに、
からすのねどこへ行くとて、みつよつ、ふたつみつなどといそ
ぐさへあはれなり。まいて雁などのつらねたるが、いとち
さくみゆるはいとをかし。日入りはてて、風の音むしのね
など、はたいふべきにあらず。
冬はつとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず、霜
のいとしろきも、またさらでもいと寒きに、火などいそぎ
おこして、炭もてわたるもいとつきづきし。昼になりて、ぬ
るくゆるびもていけば、火桶の火もしろき灰がちになりてわろし。
曾根崎心中
近松門左衛門 作
天神森の段
この世の名残り、夜も名残り。
死に行く身をたとうれば、
あだしが原の道の霜。
一足ずつに消えて行く、
夢こそ夢の哀れなれ。
あれ数うれば暁の、
七つの時が六つ鳴りて、
残るひとつが今生の、
鐘の響きの聞きおさめ。
寂滅為楽と響くなり
汚れっちまった悲しみに…… 中原中也
汚れっちまった悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れっちまった悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる
汚れっちまった悲しみは
たとへば狐の革裘
汚れっちまった悲しみは
小雪のかかってちぢこまる
汚れっちまった悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れっちまった悲しみは
倦怠のうちに死を夢む
汚れっちまった悲しみに
いたいたしくも怖気づき
汚れっちまった悲しみに
なすところもなく日は暮れる……